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さらさら越え、立山越えず? 金沢・玉川図書館に書状の写し

 投稿者:N  投稿日:2014年 6月 9日(月)18時33分26秒
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  北國新聞社  石川のニュース 【9月30日03時22分更新】

 戦国時代、越中を治めた佐々成政(さっさなりまさ)が冬の立山越えをしたとされる「さらさら越え」で、成政が越中に戻った直後に書いたとみられる書状の写しが金沢市玉川図書館近世史料館にあることが、29日までに分かった。書状には、成政が越後の上杉景勝の家臣と内通していることを示す内容が記されている。確認した富大人文学部の鈴木景二教授は、さらさら越えが北アルプスを通らずに越後を抜けたとの説を後押しする史料としている。
 さらさら越えについては、立山の「ザラ峠」を越えるルートが通説だが、厳冬期の立山越えは現在でも極めて困難であるため、鈴木教授は遭難の可能性が最も小さい越後を通る説を支持している。ただ、当時の越後は成政と対立する上杉景勝の勢力圏で、敵地を通ることは考えにくいとされてきた。

 今回、近世史料館で確認された史料「村上家系図書翰(しょかん)等控」には、景勝の家臣の村上義長に成政があてた書状の写しが含まれていた。鈴木教授によると、書状は1585(天正13)年1月21日に書かれ、成政が「この度そちらへ参ったところ、山入りまで送ってくださり、お礼の申し上げようもない」などと義長に感謝を伝えている。

http://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20130930105.htm
 
 
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