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日本は、ロシアの黄金22箱を返還するか

 投稿者:N  投稿日:2015年 7月11日(土)13時46分44秒
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  日本は、ロシアの黄金22箱を返還するか
http://www.a-saida.jp/russ/zoloto/index.htm

1991年9月13日、ソヴェト連邦の政府機関紙イズヴェスチヤは、当時のソ連外務省外交研究所 シロトキン教授の署名入りで、このような見出しの記事を掲載した。
è  記事の全文とその日本語訳(http://www.a-saida.jp/russ/zoloto/izverstia.htm)

ロシア革命後の混乱の時期、ヴォルガ河中流域にある都市 カザンに保管されていたロシア国家の金準備は反革命派によって掠奪されたが、その後、赤軍の攻勢によって亡命を決意した反革命派の総帥 コルチャーク 提督と共に軍用列車に積み込まれて東方へ搬送された。 コルチャーク提督は途中のイルクーツク付近で、彼を警護してきた チェコスロヴァキア軍団 によって赤軍に引き渡されたが、この記事によれば、カザンから掠奪した金準備の一部である黄金22箱を、提督の側近ペトロフ将軍が偽装してチタから東支鉄道を経由して旧満洲のハルビンに持ち込み、他の勢力に黄金が奪われることを恐れて同地駐留の日本軍に一時保管を託したという。
この 「秘話」 は、ペトロフ将軍の子息で米国カリフォルニア州に居住するセルゲイ・ペトロフ氏が明らかにしたもので、満洲駐留の日本軍から日本国内に渡った黄金の返還交渉を日本政府と行うべきであると提言している。

このイズヴェスチヤ紙の記事が出ると、日本でも 新聞各紙・週刊誌・月刊誌 などが相次いでその内容を報じた。 しかし、「ロシアの黄金」 に関連した話題は、戦前 (昭和初期) には何度か新聞でも報道され、世間の噂になっていた。 それから数十年も経って、イズヴェスチヤ紙によってまたもや過去の亡霊が呼び起こされたのである。

従来 ロシア(ソ連)では、チェコスロヴァキア軍団 が自らの祖国帰還と引き換えに、拘束していたコルチャーク提督の身柄と共に 「カザンの黄金」 を赤軍側へ引き渡し、その結果、黄金はソヴェト共和国に戻されたものとされていた。

まずは、この黄金強奪事件について、「ソヴェト百科事典」 での解説をベースに、その顛末を見てみよう。
  è  黄金強奪事件の顛末(http://www.a-saida.jp/russ/zoloto/01.htm)
  è  1918-20年、シベリアの社会・政治情勢 (http://www.a-saida.jp/images/index.htm)

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関連資料の紹介

以下の資料はイズヴェスチヤ紙の記事が出た 1991年9月13日以降のものである。 (掠奪された黄金の重量・価格などはそれぞれ異なった数字が掲載されている。)

この事件に関する資料は、以下のもの以外にも存在するものと思われる。

(1) 日刊紙

新聞 (日刊紙)、例えば朝日新聞には、イズヴェスチヤ紙の記事が出た翌日 (1991年9月14日) の夕刊に、時事通信社の配信として、「ロマノフ王朝金塊、日本に渡る?」 の見出し記事が載った。 他紙では、読売新聞が 「ロシア王朝の金塊日本に? イズベスチヤ紙が秘話報道」、日本経済新聞が 「ロマノフ王朝の金塊日本に渡り消える ロシア共和国返還交渉も」、毎日新聞はその翌日 15日の朝刊で 「帝政ロシアの金塊 日本のどこかに 反革命派の提督 旧日本軍に託す ソ連紙報道 返還問題にも発展?」 などと報道しており、これらの見出しや記事の内容は大同小異である。

(2) 週刊誌

週刊誌では、 「週刊ポスト 1991年11月8日号」 に 大林高士氏が記事を載せている。 新聞記事を読んだだけでは解り難かった事件の背景がよく説明されている。

大林高士 『秘史発掘スクープ「ロマノフ王朝の金塊22箱は日本軍に渡った」』
週刊ポスト 1991年11月8日号(220~223ページ)、小学館

(3) 月刊誌

月刊誌では、「新潮45 1991年12月号」 に、多田井喜生氏による資料的価値の高い記事が掲載された。 関係者間で遣り取りされた電文、記録・資料の内容は興味深い。

多田井喜生(たたい・よしお) 『「ロマノフの黄金」日本上陸始末記』
新潮45 1991年12月号(148~162ページ)、新潮社

同氏による 『大陸に渡った円の興亡 (下)』(東洋経済新報社、1997年) の中の 「第八章 ロマノフ金貨日本上陸」 は、この記事の内容を増補・再編されたものと思われる。

(4) 書籍

プラウダ紙日本支局長を勤めたこともある I.A. ラティシェフ氏が、シベリア出兵前後の 「ロシアの黄金」 と日本との関わりについて、イズヴェスチヤ紙の報道から5年後の 1996年にロシア語で (ロシア向けに) 刊行した。 1997年にその日本語訳が出版されている。

Латышев И. А. "Как Япония похитила российское золото" М.: НТЦ "Техин-формпресс", 1996.;
ラティシェフ著、伊集院俊隆・井戸口博訳 『ロシア金塊の行方』 新読書社、1997年

この I.A. ラティシェフ氏の著作は電子化され、インターネット上で公開されている (ロシア語)。
http://rus-sky.com/history/library/latyshev/index.htm
 
 
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