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上杉謙信の埋蔵金

 投稿者:N  投稿日:2015年 6月18日(木)19時40分11秒
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  上杉謙信ゆかりの埋蔵金伝説について
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000025709

1.上杉謙信ゆかりの埋蔵金伝説について
上杉謙信関係の伝記、新潟県の伝説集、郷土雑誌『頸城文化』等を調査し、上杉謙信ゆかりの埋蔵金伝説について、次の二件の情報を得ました。
(1)『上越ふるさと事典』(上越ふるさと研究会 1988 当館請求記号:N232-127)  p23「謙信にまつわる伝説二題 その二<埋蔵金の謎>」には「謙信は、佐渡の金山、奥只見の銀山から算出した多くの金・銀をたくわえてきた。これらの財宝は、「春日山の朝日のちゃっかり、夕日のちゃっかりさすところ、うるし三駄、朱三駄」と歌に伝えられているところに埋められていると言う。そして、その場所は、「ツツジ」が茂っている所でもあると言われている。」
(2)『鉢ケ峯城-春日山調査研究』(山田正男著 北越出版 1989 N232-10)p89「埋蔵金」には「とにかく噂の埋蔵金がどこかにあるのではなかろうと言われる。御屋敷、長池山の出土品の焼物には、中国の物が非常に多いと言われ、ツツジあり朝日夕日の射すところにあるという。」

2.春日山城に残された貯蔵金について
さらに、春日山城に残された貯蔵金が存在したことが、さまざまの資料に記述されています。 『戦国おもしろ読本』(桑田忠親著 広済堂 1982 当館請求記号:N299-タ)p168~169「謙信の資金源は?」には、「俗説によると謙信が大活躍できたのは、その陰に佐渡の金山を宝庫として抱えていたせいだという。たしかに、謙信は越後の春日山城に莫大な金銀を貯蔵していた。『伊佐早文書』所収の「春日山城内惣在金目録」によると、家臣や府内の町人に貸し付けた金、買入れた金、運上金、贈答金など、合わせて千二十六枚一両三分一朱ほど、貯蔵用のものが、千五百八十八両三分二朱あったことがわかる。…井上氏によれば佐渡の金山の算出額が上昇したのは、慶長七年(一六〇二)にこれが徳川氏の直轄領となってからのことであって、謙信が佐渡以上に金銀の運上をえたのは、越後の金山であった。この越後の金山というのは、岩船郡の高根・海浦鉱山であり、また、北魚沼郡と会津との国境に近い上田銀山、それから、越中の新川郡の松倉金山・河原波金山・吉野銀山・下田銀山などであろうとのことである。」と書かれています。 参考文献となった井上鋭夫氏の『謙信と信玄』(至文堂 1964 N289-U47)p199~205「鉱山の開発、貨幣の鋳造」にはさらに詳しい記述があり、「目録」の本文も載っています。 『上杉謙信』(花ケ前盛明著 新人物往来社 1995 N289.1-U47)p65~67「経済力」では、「越後の米、金銀、青苧」に財力の基礎を求めています。以下に関連資料を記します。

(伝記資料から)
(1)『戦国おもしろ読本』(前出)
(2)『謙信と信玄』(前出)
(3)『上杉謙信』(前出)
(4)『NHK歴史への招待 26』(日本放送出版協会 1983 N289-ウ) 1988発行の新コンパクト版もあり。  p66~88「上杉謙信の軍資金(南条範夫)」 最も詳しい記述。「戦国時代の金」(葉賀七三男)  「知られざる謙信の横顔」(赤沢計真)「戦国武将財力番付」(小和田哲夫)」含む。
(5)『上杉謙信-物語と史蹟をたずねて-』(八尋舜右 成美堂出版 1976 N289-U47)  p139~144「飢民」 114pに「謙信の蓄財」。
(6)『信玄と謙信-その人間と経営-』(安藤英男著 すずき出版 1988 N289.1-U47)  p141~144「越後は米どころ 金山・銀山の開発」
(7)『上杉謙信-戦国最強武将破竹の戦略-』(学研 1988 N289.1-U47)  p126~133「大軍事費を支えた黄金の秘密(池亨)」 図表、グラフで分析。
(8)『上杉謙信伝』(布施秀治著 謙信文庫 1917 N289-U47) 1968歴史図書社刊の復刻版あり。  p581~585「産業の奨勧」
(9)『図説上杉謙信と上杉鷹山』(花ケ前盛明、横山昭男著 河出書房新社 1999 N289.1-U47)  p31~32「上杉謙信の経済力」
(10)『定本上杉謙信』(池亨、矢田俊文編 高志書院 2000 N289.1-U47)  p354~356「金山・銀山」
(11)『上杉謙信とその風土』(室岡博著 考古堂 1983 N289-ウ)  p152~145「産業振興、越後上布、佐渡と金山、馬政、海岸の塩・魚・砂鉄」
(12)『上杉謙信のすべて』(渡辺慶一編 新人物往来社 1987 N289-ウ)  p27~29「豊富な経済力」(地域資料から)
(13)『続・越佐歴史物語』(横山貞裕、横山秀樹著 新潟日報事業社 1980 N200-9-2)  p93~100「越座小判と西三川金山」
(14)『新潟県の不思議事典』(花ケ前盛明著 新人物往来社 1998 N2*00-H27)  p25~26「上杉謙信大遠征の経済力は何か」
(15)『図説佐渡島歴史散歩』(児玉信雄ほか編 河出書房新社 1998 N2*40-Ko18)  p38~42「佐渡・西三川砂金山(小菅徹也)」
(16)『図説佐渡の歴史』(郷土出版 1998 N2*40-N725)  p113~114「上杉氏の金山政策」
(17)『図説上越の歴史』(郷土出版 1998 N2*40-N725)  p112~113「謙信の遺産目録」
(18)『わが町の歴史上越』(渡辺慶一著 文一総合出版 1982 N232-38)  p26~29「黄金と青苧」
 
 
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