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長範の玉石

 投稿者:N  投稿日:2014年 6月19日(木)18時40分50秒
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  JAながの ふるさと昔話
http://www.ja-nagano.iijan.or.jp/legend/2011/03/99.php
長範の玉石  信濃町熊坂
七百年ぐらいむかしのこと。
越後ざかいの熊坂村に長範という子どもがおったと。
体格はずばぬけて大きく、知恵も力もあり、そのうえ太腹だったので村びとは、「この子は、いまに大物になるぞ」と、うわさをしていたと。
それから十幾年、長範は村から姿を消していたが、ひょっこり帰ってきた時は、おどろいたことになんと盗賊のかしらになっておったと。
野尻湖の北方の小高い山を長範山と名付け、そこを根城にして、大ぜいの子分と各地を荒らし廻ったと。
盗賊ながら長範は、「老人やおんな、子どもに手をかけるな」「貧しい家をおそうな」と、きつく子分たちをいましめていたと。
そんなわけで、各地の長者たちをおそい、金銀財宝をうばいとる熊坂長範の名は天下にとどろいていたと。
さて、ある年のこと。
長範は、金売吉次の一行がたくさんの金塊を持って都からみちのくへ行くことを聞きつけ、その金塊をうばう策をねった。
大ぜいの子分を引きつれ、長範は木曽路から山づたいの美濃の国に入った。
そして長者の屋敷に泊っている金売吉次に夜討ちをかけたと。
これまでにない大成功をもくろんでいたのに、なんとしたことか、その夜にかぎって牛若丸が同行しておったので、さすがの長範も牛若丸にはかなわず、逆襲にあって殺されてしまったと。
戦国の世に平家をきらって盗賊となり、世直しのため資金を貯えていた熊坂長範は、ここにあえなくほろびてしまった。
しかし、現在も信州信濃の長範山の周辺には、“長範屋敷”“物見の松”“厩久保”などの地名が残っており、むかし話がいきづいているのでおもしろい。
ところで、信濃町から越後路へ入る国道十八号線の赤川手前の大曲から西北へ三百米ほどのところに、“長範の玉石”がある。
大きな岩石で、「この下に長範の調達した莫大な財宝が埋められている」と伝えられている。
また後日になって、“朝陽のさす夕日輝くところ、夏あつからず冬寒からず山足半かな”と、いう宝物のかくし場所をほのめかす書き物が見つかり、この謎の場所をさがす人があとをたたなかったが、いまだに発見されておらんと。
そうそう、「長範山の水をのむと盗み心がおきるから決して飲むな」という、いましめも伝えられておりますよ。
編 信濃町「かたかご童話会」
え 倉石 和彦
 
 
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