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WCdEPZKUsmFG

 投稿者:GTuYLCqoHImvJwcXP  投稿日:2012年 6月11日(月)13時44分12秒
  You have the monopoly on uesful information-aren't monopolies illegal? ;)  
 

日本ではオウム真理教の幹部13人の死刑が確定した。次はランドマークの番だ!

 投稿者:フミちゃん  投稿日:2012年 1月15日(日)16時45分25秒
  「人類救済のため、マハームドラーの一貫としてのタントラ・ヴァジラヤーナを目指す」という点で、オウム真理教とランドマークは同じ穴のムジナ!

ドーパミンの過剰放出体験をウリにし拠り所にするという点でも、オウム真理教とランドマークは全く同類!

人々を拉致同然に勧誘するという点では、ランドマークはオウム真理教よりも厄介だ!

広げたケッ界の穴も大リーグ級どころではない、ワールドカップ級の非常事態だ!
広げたケッ界の穴も大リーグ級どころではない、ワールドカップ級の非常事態だ!

日本ではオウム真理教の幹部13人の死刑が確定した。次はランドマークの番だ!
日本ではオウム真理教の幹部13人の死刑が確定した。次はランドマークの番だ!

イラクもアフガンも、もう言い訳にはならない!
イラクもアフガンも、もう言い訳にはならない!

アメリカ政府は一刻も早くランドマークの非合法化を図れ!
アメリカ政府は一刻も早くランドマークの非合法化を図れ!
 

で、日本だけで6億円とも7億円とも言われる、ボッタ食った未消化申込金の件は?

 投稿者:モンタージュ作成班  投稿日:2011年12月13日(火)14時17分43秒
  泣き寝入りした人は世界的にも大勢いるでしょう。精神疾患を患ったら泣きっ面にハチですよ。タイトルの件、情報ください。  

日本における事故併発セミナー史

 投稿者:星明子  投稿日:2011年12月 7日(水)15時55分39秒
  日本における、自己啓発セミナーによる事故併発史だよ。

■1994年
個人向け自己啓発セミナーでも、セミナー中に自殺者が出たことが初めて発覚する(ホープ・アカデミー)。

■1999年
ライフ・スペースの成田ミイラ事件が起きる。

■2001年
個人向け自己啓発セミナーでも、死亡事故が発生したことが初めて発覚する(日創研=日本創造教育研究所)。

■2004年
ホーム・オブ・ハートの児童虐待問題が、XジャパンのToshiとも相まって世間を騒がせ始める。

■2008年12月30日
世に名高い六本木ヒルズ刃物振り回し事件が発生する。威嚇発砲の上逮捕したのは麻布署の組織犯罪対策課だった。

■2011年
2010年に起きた自己啓発セミナーでの死亡事故について、民事訴訟とは別に保護責任者遺棄致死罪での刑事告訴が成される(ASKグローバルコミュニケーション)。
 

「人類家畜化計画」闇の歴史-共通年表

 投稿者:ジャーニーズ事務所  投稿日:2011年11月21日(月)14時32分29秒
  ■1960年代前半
心理学者マズローの言う“至高体験”を再現するため、当時はまだ非合法化されていなかったLSDによる実験が横行する。また、エンカウンターやゲシュタルトなど過激な心理療法によって再現する試みも多く行われた。中にはそれらを編集してプログラム化し、商業ベースに乗せる者も現れる。これは健常者を無理やり精神病者に見立てて行う麻薬ビジネスのようなものに他ならなかった。また、脳神経科学も未発達であったため、その体験が専らドーパミンの過剰放出によるものであることも分かっていなかった。

■1960年代後半
商業化されたセミナーが、STという名前で企業向けの研修として提供され始める。1970年代には日本の大企業にも移入される。しかし、研修中に自殺する者や研修後に精神疾患や精神障害を患う者が相次ぎ、短期間で消滅する。但し、営業ガラスの歌を歌わせるなど、中小企業向けセミナーとして形態を変えたものの中には存続したものもある。

■1968年
アレキサンダー・エベレットが「マインド・ダイナミックス社」を設立し、個人向けの自己啓発セミナーとして売り出し始める。マルチ商法のホリデイ・マジックやサイエントロジーにのめり込んでいたワーナー・エアハードも受講し、すぐにトレーナーになる。彼はホリデイ・マジックの手法を駆使して好業績を上げたと言われる。

■1971年
ワーナー・エアハード、マインド・ダイナミックス社から独立して、サンフランシスコで「est社」を設立する。

■1974年
ホリデイ・マジック社による買収や当のホリデイ・マジックがアメリカ国内で実質的に非合法化されるなどの経緯を経て、マインド・ダイナミックス社が解散に至る。同社のロバート・ホワイトを始めとした数人のトレーナーは「ライフ・スプリング社」を設立する。ワーナー・エアハードのest社とは協調的な関係を築いた。

■1974年頃より
1973年に日本に進出していたホリデイ・マジックのディストリビューター向けセミナーのトレーナーとして、ロバート・ホワイトがたびたび来日し始める。

■1977年
日本のホリデイ・マジック社も倒産するが、ロバート・ホワイトは的屋の島津幸一と「ライフ・ダイナミックス社」を設立する。ちなみに、ライフ・スプリング社から直接的にライセンス供与を受けていたのが、「コーチ21社」の前身「ibd社」である。

■1980年頃より
ワーナー・エアハード、est社の勧誘プログラムの受講生を質問攻めにし、時々自分の意に沿った答えがあると「んん~、素晴らしい~。素晴らしい考えだ。エ~クセレント。やって下さい」などと“承認”し、自己暗示にかけながら意のままに操る最もおぞましい洗脳手法を“コーチする”と表現し始める。

■1983~4年
人類家畜化計画に題材をとったテレビ映画「V(ビジター)」が、アメリカ国内にて5話完結で放映される。ビジターの声は、割れたラッパのようなブレた声を再現していた。
http://www.youtube.com/watch?v=KPtmZSlfrhs&feature=related

■1988~9年
同上が日本でもテレビ放映される。

■1988年
ライフ・ダイナミックス社、アメリカ国内で社員にコーチングのトレーニングを実施する。同社は結局コーチングへの業態転換を行うことなく2000年に廃業した。業態転換を巡っては路線対立・派閥抗争が生じ、それに伴う離婚劇もあったと言われている。

■1994年
個人向け自己啓発セミナーでも、セミナー中に自殺者が出たことが初めて発覚する(ホープ・アカデミー)。

■1996年
アメリカ国内で、B級映画「ザ・コーチ:勝利のダンク」が公開される。同映画はバスケット・ボールのルールも知らない女性コーチが、ダメチームを強豪チームに育成していくというストーリー。金正日ばりの映画好きで知られるワーナー・エアハードが、裏でプロモートしていたのではないかと噂されている。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/3545/sakouti.htm

■1997年
コーチ21社が設立される(ibd社の別会社)。

■1999年
ライフ・スペースの成田ミイラ事件が起きる。

■2001年
個人向け自己啓発セミナーでも、死亡事故が発生したことが初めて発覚する(日創研=日本創造教育研究所)。

■2002年10月
ワーナー・エアハード、日本で3日間の「リーダーシップ・コーチング・ウイニング」という特別セミナーを開催する。日本のコーチング屋台村の直系店(CTIジャパン)の本格開業を祝したものとも言われている。

■2003年
高野連と朝日新聞が「イヤー・オブ・ザ・コーチ賞」を創設し、全国の高校野球ファンから失笑を浴びる。この逆さ名称は、すぐに改称したり撤回したりすると朝日新聞の沽券に関わるため、皆で黙っていることにして、ほとぼりの冷めた2006年に人知れず「育成功労賞」に改称された。この一件は、放射能汚染と同様、精神汚染も思わぬ所にホット・スポットを作る例として、今でも関係者の間で語り草となっている。

■2004年
ホーム・オブ・ハートの児童虐待問題が、XジャパンのToshiとも相まって世間を騒がせ始める。

■2011年
2010年に起きた自己啓発セミナーでの死亡事故について、民事訴訟とは別に保護責任者遺棄致死罪での刑事告訴が成される(ASKグローバルコミュニケーション)。
 

「人類家畜化計画」闇の歴史-ランドマーク固有年表

 投稿者:ジャーニーズ事務所  投稿日:2011年11月21日(月)14時29分23秒
  ■1985年
est社の後身、ランドマーク・エデュケーションが日本に進出する。その初代トレーナーの小南奈美子は、日本進出当初から「私はあなたのコーチです。今からあなたをコーチします」などと口走っていたという。

■1991年
ワーナー・エアハード、実娘への性的虐待や脱税などが告発され、アメリカ国内のマスコミから一斉攻撃を浴びる。社内でのパワハラなどを証言する者も現れる。(ランドマーク・エデュケーション社の第1次経営危機)

■1992年
ランドマーク・エデュケーション社、ロシア・センター設立を名目に世界的に“寄付金”を集めるが、結局ロシアセンターは設立されず、ほぼ全額をネコババする。

■1997年前後
ワーナー・エアハード一味は、ワーナー・エアハードがキリスト教とユダヤ教の共通の王の王であると喧伝し、かねてよりアメリカ・フリーメーソンの主流派(当時メロン財閥三代目が総裁を務めていた)と、どちらが本物の33階位(穢多法師)かを巡って熾烈な覇権闘争を繰り広げていたが、それが遂にアメリカの中央政界にまで波及し、様々な不祥事を誘発させたという(例:モニカ・ルインスキー事件)。

■2000年
ランドマーク・エデュケーション社、アメリカ国内で「ザ・ウィズダム・コース」という新しいプログラムを導入する。“ザ”がついていると世界的な嘲笑を浴びる。

■2000年前後
ランドマーク・エデュケーション社の世界全体の売上げの約4分1、利益のほとんど担っていた日本法人の売上げが、最盛期の3割以下にまで落ち込む。(ランドマーク・エデュケーション社の第2次経営危機)

■2001年9月
9.11テロ勃発。テロ当日サンフランシスコで全ビルからの退避勧告。崩壊したWTCビルにはランドマーク・エデュケーションNYセンターが入居していた。ランドマーク・エデュケーション社は世界的に被災者募金を大々的に募るが、相当額をネコババしたと言われている。

■2002年9月
ゴールデン・ゲートブリッジがテロの標的になっているという情報から、サンフランシスコで厳戒態勢が敷かれる。ゴールデン・ゲートブリッジはワーナー・エアハードが1971年に“大悟”した場所とされていた(今日は運が悪いと思いながら車で橋を渡っていたところ、空だと思っていたラッキー・ストライクの箱の中にタバコが1本残っており、箱の外装の“的”を見てハタと悟ったと側近に語っている)。

■2002年10月
ワーナー・エアハード、日本で3日間の「リーダーシップ・コーチング・ウイニング」という特別セミナーを開催する。テロ後、安全性の高い日本によく長逗留していたと言われている。

■2005年7月
ロンドン同時爆破テロ勃発。サミット開催中のイギリスで、時限爆弾が仕組んであるバックパックを背負った若者4人が、リーズからロンドンに入り、地下鉄3ヶ所とバス1台の中で自爆する。若者達の中にはバックパックの中身が時限爆弾だと知らされていなかった者がいると言われている。リーズは当時、ランドマーク・エデュケーション社のイギリスに於ける第2の拠点都市だった。

■2007年10月
イラク情勢は予断を許さなかったが、洞爺湖サミットを翌年に控え、日本に於いても本格的なランドマーク・エデュケーション、コーチング批判キャンペーンが始まる。

■2010年前後
ランドマーク・エデュケーション社、イギリスを除くヨーロッパ各国で拠点を失い、他の国々でも退潮を著しくする。(ランドマーク・エデュケーション社の第3次経営危機)

■2011年3月
3月11日。日本で地震・津波・原発事故発生。日本のランドマーク・エデュケーション社は被災者募金を募るが、募金の行先は現時点では不明である。

■2011年5月
ウサマビン・ラディンが殺害される。アメリカ等では、報復テロなどに対する警戒感を今だに緩めていないのが現状である。
 

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