teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 足あと帳(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:7/193 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

コルチャーク提督の黄金

 投稿者:N  投稿日:2015年 8月18日(火)16時18分19秒
  通報 返信・引用
  隠された黄金 2014.06.14 , 13:40(ロシアの声)
http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2014_06_14/273517695/

   ロシア・ケメロヴォ州のアマン・トゥレエフ知事は、地域の住民に行方不明のコルチャーク提督の黄金を探し出すよう呼び掛けた。トゥレエフ知事は黄金が見つかった場合、その半分が州予算に組み込まれることに期待している。

   1917年、ロシア帝国で革命が起こり、内戦が始まった。アレクサンドル・コルチャーク提督は、ボリシェヴィキと戦ったグループの一つを率いていた。1918年、コルチャーク提督はロシアの最高執政官となる。そして国の金準備の大部分がコルチャーク提督の手にわたった。(第一次世界大戦前、ロシアは金準備高で世界第3位だった)。だがまもなくしてコルチャーク提督は逮捕され、銃殺された。

   しかしコルチャーク提督の金準備は、約2億3600万ルーブル分が不足していた。これらがどこへ消えてしまったのか、研究者たちは約100年にわたって調査している。

   古文書によると、提督は金の一部を軍事に費やした。一部は盗まれた、またコルチャーク提督が隠したなど、黄金にまつわる伝説はたくさん存在する。さらに、黄金はバイカル湖の底に眠っている、あるいはシベリアの町チュメニあるいはスルグトに隠されているとも言われているほか、シベリアの小さな町タイガ近郊に隠されたという伝説もある。1919年、コルチャーク提督の軍隊が、このタイガという町に滞在した。準備金を積んだ車両29台も軍隊と一緒だった。歴史的な記録によると、タイガの駅で金の入った箱26箱がなくなり、次の駅でさらに13箱が消えたという。ケメロヴォ州の知事が住民に見つけるよう呼び掛けているのは、これらの金だ。

   一方で、シベリアの隠された黄金に関する噂はたくさんありバラエティーに富んでいるため、どれが真実でどれが嘘なのかを見分けるのは難しい。

   ある説によると、一人の書記が「黄金隠し」に参加させられ、黄金が隠された場所を書き留めた。それから長い年月が経過し、この書記は自ら黄金を見つけようとしたが見つからなかった。またその後、この書記の案内でソ連の情報機関が何度も探したが発見できなかったという

   また別の説によると、黄金はコルチャーク軍の将軍の一人によって隠された。この将軍は黄金を汽船に積み、川伝いに安全な場所へ運ぶよう命じたという。さらに、コルチャーク提督の部下たちによって850キロ以上の黄金が盗まれたという説もある。なぜなら冬だったため、部下たちは穴を掘ることをやめて、金の延べ棒とその他の貴重品を湖の一つに沈めたというのだ。

   シベリアのタイガでは、すでに約100年にわたってコルチャーク提督の黄金探しが行われている。学者たちはコルチャークーク提督の伝記などを研究し、黄金がどこに隠されているのかを突き止めようとしている。トレジャーハンターはいろんな場所で、帝国の紋章が打刻された金塊や硬貨などを見つけている。だがそれらは全て、コルチャーク提督の黄金ではない。行方不明となった金の入った箱は、未だに発見されていない。

   だがトゥレエフ知事の呼びかけで、宝探しが再びブームとなり、ついにコルチャーク提督の黄金が見つかるかもしれない。
 
 
》記事一覧表示

新着順:7/193 《前のページ | 次のページ》
/193